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Kikue Wada Gallery

和田 キク江 アートギャラリー

PROFILE

略歴

群馬県美術展入選4回
高崎市民展特選
第13回上野の森日本の自然を描く展入選
広報堂サンケイ紙上ギャラリー受賞
日本芸術年鑑社「芸術界」掲載
モナコ日本文化フェスティバル モナコ公国名誉賞
北京国際博覧会出展
バレンシア国際アートエキスポ出展
アートオリンピックアテネ展アワード蠏伍蟒棗アポロン賞
カンヌ国際芸術祭展コートダジュール国際芸術賞
ル・サロン展入選

他 海外出展受賞多数

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作品名 武蔵野
サイズ F15
画 材 油彩
完成年 1998年
価 格 非売品
解 説 紅葉は木々に寄って色が違うので、その色を残すためだけに下地には津南の雪どけの描いてあるキャンバスの上に、午後から夕方までの半日で描いた未完成の作品。 翌日会社に持って行き社長に見せたところ(当時県展に入選してから絵は会社のホールや各部屋に飾って良いとのことで私の個展会場になっていた) この絵はなぜか気持が落着くので未完成でも良いから飾っておくよう言われた。 1999年私が癌で緊急入院手術日当日、高崎市民展に友人(塚田みえ子)に依頼搬入。その後「芸術界」、モナコジャパンフェスティバル海外出展のきっかけとなる(モナコ出展は寒月の絵)
作品名 寒月
サイズ F8
画 材 油彩
完成年 1999年
価 格 非売品
解 説 自宅玄関前に昭和53年に他界した主人が前の年にどうしても植えたいと買った梅の古木で枯れてしまうのではと思うほど、持ってきた時から2005年の今日まで、下に描いてある枝は無くなりましたが、ほとんど同じ形で今年も花が咲きました。 2000年版「芸術界」に「武蔵野」を掲載する時に下が空欄になるので補助に入れた絵が海外出展のきっかけです。
作品名 二月堂へ
サイズ F40
画 材 油彩
完成年 1999年
価 格 非売品
解 説 1999年59歳の時、卵巣がん。手遅れ状態で最悪の場合は余命3ヶ月との告知。 手術後、外泊が出来るようになってから寝ている布団の脇に40号のキャンバスを置き描き始めました。描いているときは苦しくも病気のことは考えないで済みました。自分が癌で入院して病気の人が多いのにびっくり。そして友人の死。 この絵を描きながら自分の病気だけでなくすべての闘病している人達が快方に向かうことを願いました。 この絵で色彩で心の表現が出来たらと思い描いた絵です。 奥の灯二つを病気の完治、両側の厚い壁は病気を心配してくれる人々、緩やかな階段は病後進む道、ピンクは完治に向かいあきらめないよう決して暗い道ではない、緑はそれまで希望を持つよう、手前たくさんの色は病人の助かるか不安な気持
作品名 武蔵野 Part 2
サイズ F8
画 材 油彩
完成年 2000年
価 格 非売品
解 説 手術後(4ヶ月入院)何とか退院できましたが、腹部両方に大きなリンパの溜りがあり50mも歩くとリンパ液が流れなくなり、後遺症で苦しみました。 そんな時に見た風景で他の人達は先に行ってしまい、行けない私は勝手にきっとこの先は明るい開けた景色があると思い描きました。
作品名 山門
サイズ F15
画 材 油彩
完成年 2001年
価 格 非売品
解 説 この絵は1997年川場村にある吉祥寺へ絵の教室の人達とスケッチに行った時に描いた物で、同年40号で同じ山門を県展に出展するための下絵となり、そのままにしておきました。 県展に入選出来た山門の絵は大胆すぎてあまり好きではないので、病後仕上がっていなかった元になってた絵を描きなおして完成させました。 ル・サロン入選
作品名 弥勒菩薩
サイズ F40
画 材 油彩
完成年 2001年
価 格 非売品
解 説 入院中に同じ病気ではげまし合った人達が亡くなって行きました。 一人又一人と退院後、皆で頑張って来たのに何故か私が生きていても悲しい気持の拠り所がありませんでした。 そんな時(入院中や気持が落込んだ時いつも、この弥勒菩薩の載っている本を見ていました) 又一番の仲良しだった友人の死、家族の悲しみ、まだ高校生だった息子さんを残し生きたいと言っていたのに、色々な人たちの平和を願って金色に仕上げました。 カレンダーにして皆に分けてあげましたら、ほとんどの人が額に入れて大切にしています。
作品名 蔵のある路地
サイズ F30
画 材 油彩
完成年 1997年
価 格 非売品
解 説 自宅近く(前橋市上泉町・田村行男宅)昔、小売借し(質屋のような商売)をしていたと言われる家で、母屋、その他すべてが蔵造り。 描く前に屋主に挨拶に行き中を見せて頂いたが、机・柵等すべて古いものをそのまま残してあり、只々すごいと感動するばかりだった。 維持するのに多額が必要で普通の家が何件建ったかわからないとの苦労話もしてくれた。
作品名 木曽路
サイズ F30
画 材 油彩
完成年 2001年
価 格 非売品
解 説 妻籠宿を私は3回位散策しているが最初はここまでは行かず、二度目は上の道を通ってしまい、3度目に石段を下りてふり返った時にこの素晴しい風景に出会えた。 2000年に高崎市民展に出展してさらに2001年前橋市民展(入選しないと展示されない)に描き直した気がする。 この絵が各地の国際平和展に回って、今年も7月8日_11日・愛地球博に展示される(国際平和展会場)
作品名 田代湿原
サイズ F6
画 材 油彩
完成年 1996年
価 格 非売品
解 説 絵の教室に行くようになり描くために物の見方が変わってきて、それまではあまり興味を持たなかった蔵とか、今にも壊れてしまいそうなものが絵に描きたくなってきていた。 この橋も丸太で出来ていて絵では描ききれないほどボロボロな橋だった。 絵を描く前だったら修理をしなくては危険ではないか、落ちたらどうするのだ、とか思っただろう。
作品名 妙義山
サイズ F4
画 材 油彩
完成年 1996年
価 格 非売品
解 説 教室でのスケッチに行き描いた絵で、雲の流れが速く描いているうちにすぐに 山の色が変わってしまい、スケッチの難しさを知った。